西洋音楽の限界
さてさて、先日は合理性のないところに人生の面白さがある、という話をさせてもらいました。
https://yojiroweb.com/blog654
さらに今日はもっと生きていく上で必要のないお話ですw
民謡。
さ、ここで半数以上が脱落すると思ってますが、一体何人の人が最後まで読んでくださるのでしょうか。
ちょっとこれまた先日書いた話なんですけど、民謡とか盆踊りとかにハマってます。
https://yojiroweb.com/blog649
日本が世界に誇れるものといえばYOASOBIとかAdoちゃんだと思うのですが、
もっと源流にあって世界に誇れるものっていえば民謡だと思うんです。
和太鼓もそうだし三味線もそう。
あとどんな曲でも櫓の周りを踊り続けられるなんて、どう考えても正気の沙汰ではありません。
くれぐれも世界から見たらって話ですので、ご安心を。
そういう海外勢から見た
「ナニソレ?!」ってのが勝負できるところだと思っているのは俺だけでしょうか。。。
浮世絵だって最初は緩衝材の扱いですからね?
で、おフランスに発見されて価値が爆あがりした歴史があります。
海外でレイブで何万人も集まって乱痴気騒ぎしてますが、アレって盆踊りなんすよ、
要するに。
ソレを海外に輸出しないでどうするって思ってるんすけど。
「リズムが歌に対してずれていく」ってことも最高です。
そんなの西洋音楽じゃ絶対に理解できないんす。
キューバのラテン音楽でも同じことが起こっていて、
クラーベを「西洋音楽」のフィルターの中で理解しようと説明できないところが多いんです。
俺はソレを西洋音楽化の限界と呼んでますが、西洋の音楽は楽譜とともに進化してきました。
でもエイサーのノリって譜面に書けないんですよ。
サンバの訛りもそう。
本当に面白い「えぐみ」のことろは譜面にできないんす。
口伝というか実際に聴いて踊ってみて初めてあの「ノリ」を理解できるんですよね。
で、昨日はソレが気になっていろんな民謡のリズムを調べてたら
めちゃくちゃ面白いことが書いてあったのでご紹介して今日は終わります。
民謡には大きく分けて二つの種類がある、と。
一つは労働歌。
もう一つは追分(おいわけ)といって、超ざっくりいうと詩吟みたいな
イントネーションの短歌を想像してもらえるとわかりやすいと思います。
アレが元になっているもの。
労働歌や舞踊が元になっているものは
・リズムが一定
・音域が狭い(誰でも歌いやすいように)
こうやって並べると確かに納得しやすいですよね。
いろんな人が歌いやすいようになっているし、
リズムが一定で単純作業がしやすくなっている、
というとこを考えてもわかりやすいと思います。
次に追分。
・歌詞によってリズムは伸びたり縮んだりする
・音域は広くて個人の技量による
確かに。このリズムが伸びたりするってのが、西洋音楽かぶれの現代日本人だと
どんなものなの????ってなると思うんですが、
日本人なら誰でもわかる例えを出します。
お相撲の呼び出し。
にぃしぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〇〇のやまぁ〜〜〜
これ、歌詞によって伸びたり縮んだりしますよね?
関取の名前によってもリズムが変わるし。
そのシステムって西洋の楽譜じゃ表現できないんすよね。
そもそも「無拍子」だし。
でも、あ〜ゆーのは日本人なら一発で理解できるじゃないっすか。
「節」というかイントネーションというか。
こういうのをもっと前面に押し出していきたいっすよね〜。
昔は西洋化が必須事項だったのは理解してますが、
もう開国してから何年経ってんのよ。
一周して譜面じゃできない音楽をやってもいいと思うんすよね〜。
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